【コラム】インダストリー4.0 最前線ドイツからの報告①

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第1回  IoT政策・日独間の大きな違い

在独ジャーナリスト 熊谷 徹

ドイツは、2011年に政府主導で製造業のデジタル化計画・インダストリー4.0をスタートさせたIoT(物のインターネット)先駆国の1つである。最近は日本政府や企業でも、IoTについての取り組みが盛んになりつつある。だが日本とドイツのIoT政策の間には、大きな違いがある。このことは、日本ではあまり知られていない。

IoTはドイツの長期国家戦略

最も大きな違いは、ドイツがインダストリー4.0を21世紀の国家戦略の1つとして、トップダウン方式で始めたのに対し、日本では民間主導で始まったという点だ。
2011年4月1日、ドイツ政府のテクノロジー諮問機関「ドイツ工学アカデミー(acatech)」のヘンニヒ・カガーマン会長、連邦教育研究省で「基幹テクノロジー・技術革新部門」を率いるヴォルフ・ディーター・ルーカス教授、ドイツ人工知能研究センターを率いる、ザールラント大学のヴォルフガング・ヴァルスター教授の3人が、インダストリー4.0構想を世界へ向けて発表した。

なぜ彼らはこのプロジェクトをインダストリー4.0と名付けたのか。それは、カガーマンらが工業生産のデジタル化を第4の産業革命と位置付けているからだ。
第1の産業革命は、人力を代替するための機械力の導入であり、18世紀に英国で始まった。その中心は蒸気機関や水力機関だった。
第2の産業革命は、20世紀初頭に始まった、電力を使う大量生産方式の導入。たとえば米国のフォードが導入した、ベルトコンベアーによる流れ作業を使った、自動車の大量生産がこれにあたる。
第3の産業革命は、1970年代に始まった、電子技術の導入による、生産工程の部分的な自動化である。産業用ロボットを使った自動車の組み立て工程などをさす。いわゆるファクトリー・オートメーション(FA=工場の自動化)がこれに該当する。

ITと製造業の融合

カガーマンらは、インダストリー4.0が第3の産業革命と異なる点をこう説明する。「インダストリー4.0では、製造施設、工作機械、部品、製品などを、無線センサー、情報蓄積システムなどによって接続する。これによって、ヴァーチャル世界(サイバー・スペース)と、物の世界をつなぐ架け橋が生まれる。つまりデジタルな現実と物がお互いに交信し、シンクロナイズするのだ」。つまりインターネットと物の世界を融合させる点が、従来の自動化とは大きく異なる。

この製造方式をカガーマンらは「サイバー物理システム(CPS)」と呼ぶ。CPSは、インダストリー4.0の中核となる基礎技術だ。カガーマンらによると、CPSの世界では、工作機械と部品、製品が相互に交信することによって、生産・ロジスティックスに関する効率性が格段に向上する。その理由は、生産ラインを流れる部品が工作機械に対して、どのように加工してほしいかを無線タグによって伝えることができるからだ。

カガーマンらは、2001年に公表した宣言文の中で、「産業用ロボットと中央制御システムを中心とした第3の産業革命は、今後10年間で、CPSを基礎としたIoTにより取って代わられる。ドイツはこの際にコンサートマスターとなるべきだ」コンサートマスターとは、オーケストラの中で、指揮者のすぐ左側に位置し、指導的な役割を演じる第1バイオリン奏者のこと。つまりカガーマンらは、製造業とバーチャル世界を融合させる21世紀の産業革命の中で、ドイツが先駆者になるべきだと主張しているのだ。

2006年に作業開始

だがインダストリー4.0は一朝一夕に誕生したわけではなく、ドイツ連邦政府の長期戦略に基づいて醸成されたものだ。その起源は、2006年にドイツ連邦政府が経済・科学研究同盟(FWW)という諮問機関を創設した時までさかのぼる。

FWWは、21世紀のドイツのハイテクノロジー戦略について政府に提言を行うために作られた。応用科学の研究機関であるフラウンホーファー協会の会長だったハンス・イェルグ・ブリンガー氏など、28人の科学者、技術者、大学教授らが参加。科学技術についての、ドイツの最高頭脳集団である。

しかもこのグループは、単なる学者の集まりではない。メンバーのほぼ半分にあたる13人が、企業から派遣されていた。たとえば、大手電機・電子メーカーのジーメンスや化学メーカーBASF、電力会社エーオン、自動車メーカーのダイムラー、製薬会社のベーリンガー・インゲルハイム、ドイツ鉄道、ドイツ・ポストなどで技術開発を担当していた取締役たちが、参加した。

FWWは、「ドイツは物づくり産業では世界有数の強さを持っているが、中国など新興国や米国のネット企業の急追を受けており、現在のままでは衰退する。競争力を維持するには、デジタル化によって新しいビジネスモデルに移行しなくてはならない」として、インダストリー4.0を21世紀の成長戦略の1つと位置付けた。FWWが製造業のデジタル化を打ち出す原動力となったのが、ドイツのソフトウエア・メーカーSAPの社長からacatechの会長に転じたカガーマンだった。彼はFWWのIT・通信部会を率いた。ドイツ政府がインダストリー4.0を生み出した過程は、1950~60年代に、日本の通産省(当時)が長期戦略に基づいて未来の産業政策の青写真を描き、民間経済に進路を指し示したのに似ている。

これに対し、日本のIoTに関する取り組みは、政府によるトップダウンで始まったわけではない。一部の大手企業が、独自に研究を行う形で進められてきた。どちらかといえば、民間主導である。政府が音頭を取って「ロボット革命イニシアティブ協議会(RRI)」が設立されたのは、2015年になってからのことである。
なぜドイツはインダストリー4.0を国家主導で始めたのだろうか。本連載の第2回以降で、詳しくお伝えしたい。
(続く)

著者略歴

熊谷 徹(くまがい・とおる)

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。

著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。
「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム奨励賞受賞。

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