【コラム】インダストリー4.0 最前線ドイツからの報告④

ニュース, ハノーバーメッセ公式プログラム

第4回 ハノーバーメッセはIoTプロジェクトの温度計

在独ジャーナリスト 熊谷 徹

毎年4月にドイツで開かれるハノーバーメッセは、世界最大の工業見本市である。131ヘクタールという広大な敷地に26の展示館が設置され、75ヶ国から約5800社の企業、研究機関、省庁などが出展した。展示館の面積だけでも、49万6000平方メートルという規模に圧倒される。4月23日から5日間の期間中に、約21万人のビジネスマン、研究者、市民らが訪れた。

製造業のデジタル化が中心

ハノーバーメッセは、ドイツ政府と経済界が一体となって進めている、製造業のデジタル化プロジェクト・インダストリー4.0の進捗度を知るためのバロメーターである。今年の見本市でも、スマート工場、人工知能、バーチュアル・リアリティー(VR)を使った製造プロセス、コボット(コラボレイティヴ・ロボット=限られた機能だけを持つ小型のロボット)などが展示の中心となった。

見本市の会場では、人間に代わって、目にも止まらぬ速さで部品の組み立てを行うロボットのアーム(腕)や、工場内を自動的に走り回って部品や完成品を運ぶ箱形のロボットなどが数多く展示されていた。
この見本市を開催するドイッチェ・メッセ社のヨッヘン・ケックラー社長は「今年の展示の中心的なメッセージは、テクノロジーが人間と競争するものではなく、人間を補佐するものだということです。ハノーバーメッセは、今や製造業のデジタル化について触れるためのホットスポットになったということができるでしょう」と語っている。

アンゲラ・メルケル首相も見本市会場で行った演説の中で「ドイツは過去の産業革命の波を乗り切ったのと同様に、デジタル化と自動化による試練を乗り切るでしょう。現在ドイツの雇用状況は極めて良好であり、中規模企業(ミッテルシュタント)は高いイノベーション力を誇りますが、政府は今後企業の技術開発を税制上の優遇措置によって、さらに支援します」と述べ、政府がデジタル化関連技術の発展をさらに強力に後押しする方針を明らかにした。

ハノーバーメッセとインダストリー4.0

ハノーバーメッセの中心テーマがIoT(物のインターネット)になったきっかけは、2011年の春にさかのぼる。この年の4月1日、ハノーバーメッセが始まる1週間前に、学術機関「ドイツ工学アカデミー(ACATECH)」の会長だったヘンニヒ・カガーマン教授、連邦教育研究省で「基幹テクノロジー・技術革新部門」を率いていたヴォルフ・ディーター・ルーカス教授、ドイツ人工知能研究センターを率いる、ザールラント大学のヴォルフガング・ヴァルスター教授が、初めてインダストリー4.0という言葉を使って、製造業のデジタル化計画を世界へ向けて発表したのだ。

この年以降、ハノーバーメッセの中ではIoTが重要な位置を占めるようになり、インダストリー4.0に関する重要な発表がこの見本市の期間中もしくは前後に行われるようになった。また出展企業にとっても、インダストリー4.0に関連する技術を応用した製品やサービスの進捗度を競う場となっている。

たとえばハノーバーメッセで毎年最大の展示スペースを誇るジーメンスは、自動車や航空機のメーカーや化学産業が、IoT技術による「デジタルの双子」(本当の製品をデジタル空間にコピーした物)を製造プロセスに行かしている実例を紹介し、多くの訪問者の注目を集めていた。
ボッシュ・レクスロートやSEWユーロドライブ、フアウエーのように、展示ブースに未来の自動化工場の一部を再現して、訪問者のためにデモンストレーションを行う企業も多かった。

デジタル・プラットフォームに高まる注目

もう一つ注目されたテーマは、製造業のためのデジタル・プラットフォームである。インダストリー4.0では、販売された製品がリアルタイムで本社に送って来るビッグデータを分析して、新しいサービスや製品を提供する「スマート・サービス」が重要な位置を占める。そのために不可欠なデジタル・プラットフォームに関する展示にも、多くの企業関係者が集まっていた。現在はジーメンス、SAP、ジェネラル・エレクトリック、トルンプなどがデジタル・プラットフォームを販売している。

この内ジーメンスはクラウド上のデジタル・プラットフォームのためのアプリケーション「マインドスフィア」に関する展示に、大きなスペースを割いているのが目立った。同社のクラウス・ヘルムリッヒ取締役は、「将来、数社の大企業がグローバルなデジタル・プラットフォームを提供するようになるが、マインドスフィアはその内の一つになるだろう。我が社は長年製造業に携わってきたので、物とITを融合するためのプラットフォームを築き上げることができた」と語る。

ジーメンスによると、すでに数百社のメーカーがマインドスフィアを使っているほか、プラットフォームを顧客のニーズに合わせて調整するために、16社のメーカーからなる「マインドスフィア・ワールド」というユーザー組織も結成した。この組織には、ロボットメーカーのクカや、工作機械メーカーのトルンプフ、自動化システムのメーカー、フェストなどIoTに積極的な企業が加わっている。

中小企業にも配慮した新技術

今回のハノーバーメッセでは、大手企業ではIoT技術の実用化がかなり進んでいるという印象を受けた。ドイツ機械工業連盟(VDMA)のティロ・ブロードマン専務理事は「多くの企業はデジタル化への第一歩を記すことに成功しました。今これらの企業は、デジタル化を次の段階へ進化させるための準備を進めているところです」と説明した。

しかし大企業がデジタル化に成功するだけでは、十分ではない。ドイツ企業の約99%はミッテルシュタントと呼ばれる中規模企業だからだ。ドイツ復興金融公庫(KfW)などの調査によると、ドイツの中小企業では大企業に比べてデジタル化への取り組みが遅れている。中小企業がデジタル化を受け入れやすいようにするための工夫も、始まっている。

たとえば今年のハノーバーメッセでは、「エッジ・コンピューティング」という言葉をしばしば耳にした。クラウド上のデジタル・プラットフォームは会社のITシステム外に設置されるが、エッジ・コンピューティングに使われるコンピューターは工作機械や工場の一部など企業の内部に設置されて、データを収集して分析する。

ドイツの中規模企業(ミッテルシュタント)の中には、機微なデータが会社の外部に保管されることについて「ハッカーなどによって奪われる危険が高まる」と危惧を抱く会社が少なくない。こうした懸念を減らすために、データを社内に保管するエッジ・コンピューティングという技術が導入され始めたのである。エッジ・コンピューティングに使われるコンピューターは安い物では1000ユーロ(13万円・1ユーロ=130円換算)前後で手に入る。

連邦政府が中小企業を支援

今回の見本市では、ミッテルシュタントのデジタル化を促すために、連邦政府が強力な支援を行っていることを示す展示も目立った。ミッテルシュタントが参加しなければ、インダストリー4.0は成功したことにならないからだ。

私はドイツ連邦経済エネルギー省と連邦教育科学省がトップに立つ推進団体「プラットフォーム・インダストリー4.0(PI4,0)」のブースを訪れた。PI4,0のヘンニヒ・バンティエン氏は、「ミッテルシュタントの経営者が、インダストリー4.0に関する投資を行う前に具体的な実験やテストを行えるように、我々はラブ・ネットワーク・インダストリー4.0という枠組みを提供し、研究機関や大学での実験を行えるようにしています」と語り、政府が中小企業への知識の伝達を重視していることを明らかにした。

ドイツでもデジタル化の速度には、企業規模によって違いがある。一部の大企業ではIoTのコンセプトの実用化が大幅に進んでいるが、ミッテルシュタントの中には慎重な企業も少なくない。

バンティエン氏は「現在ドイツでは好景気が続いている上に輸出が好調なので、多くのミッテルシュタントでは受注状況が極めて良好です。したがってミッテルシュタントから『現在成功している我々のビジネスモデルを、なぜインダストリー4.0によって変えなくてはならないのか』という声が出るのは当然のことです。我々の仕事の1つは、長期的にデジタル化の流れに適応していくことの重要性を企業経営者に理解してもらうことです」と語った。

ドイツは日本以上に見本市が盛んな国である。見本市の利点は、1ヶ所に多数の企業が集まっているので多くの人々と気軽に情報交換を行ったり、新しい製品や技術に触れたりすることができることだ。
その意味でハノーバーメッセは、インダストリー4.0の実用化の現状や今後の方向性を知る上で、絶好の機会ということができるだろう。

(続く)

著者略歴

熊谷 徹(くまがい・とおる)

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。

著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム奨励賞受賞。

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